日本橋徒然草

日本橋徒然草 NO.7

令和2年5月7日 立石晴康

 新型コロナウイルスの蔓延で、自粛、自粛の協力を呼び掛けられました。運動不足を補うため、近所を歩いています。

 私の住まいは東京都中央区東日本橋1丁目です。隅田川から歩いて5分の所にあり、西には20分ほどで日本橋三越に行けます。この道は皇居の北東に位置するため、御幸通りとも呼ばれています。

 そこで、休日に、御幸通りを皇居に向かって散歩いたしました。堀留を歩くと、大門通りに出あいました。大門通りは、私の母の実家のある通りです。角には呉服屋の大店(おおだな)、市田商店がありました。

 子供の頃、お正月には市田商店の畳敷きの大広間、100畳ほどあったと思われますが、玄関に松飾りが、正面には赤い毛氈の上にこもかぶりが置かれ、大きなお供え餅が飾られており、この界隈に呉服問屋が繁盛した時代を思わせます。

 市田も時代とともに、大きなマンションに変わり、バギーをひいた若いお母さん方が元気に行き交っておられました。私の知る限りでも沢山の都市銀行が、今ではコーヒーショップやコンビニに変わっています。私の友人の家もありましたが、数十年のうちに郊外に引越され、様変わりしました。

 自粛、自粛の後には、どんな時代が待ち受けているのかと考えながら帰宅しました。

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