日本橋徒然草

NO.8 名スタッフの人達

令和2年5月30日 立石晴康

 都営浅草線東銀座を下車して、歌舞伎座の正面に出ました。いつとはなしに静まり返っている歌舞伎座に異様な感じがいたしました。

 「何故なんだろう?」と自問して、「あっ、そうか。新型コロナウイルス感染症拡大防止で3密の範疇に入るから、劇場は中止になっているのだ。全国に大きな劇場、明治座、演舞場、能楽堂、様々あるのに閉館になっているのだ。」と気付き、唖然としました。

 歌舞伎座は四期目の歌舞伎座が解体し、今は五期目の歌舞伎座です。国の補助を受けるわけでもなく、商業演劇のため、経営者の皆様が裏に超高層オフィスビルを建て、その賃貸収入で、歌舞伎座の経営の一部を補っているという話を聞きました。

 私は現役都議会議員の頃、五期目の歌舞伎座を都市計画審議会の委員として関わりました。そのような次第で、殊のほかこの歌舞伎座の建築設計には深い関心があります。設計は建築家の隈研吾先生です。

 四期目の歌舞伎座には私もなんと出演したことがあります。それは中央区第九記念合唱団の仲間達と歌舞伎座の舞台をお借りして、その舞台に立ちました。

 朝早くから一日中歌舞伎座におりましたが、あの代々の名優達が誕生した歌舞伎座は、なんと古色蒼然とした舞台裏だろうと率直に思ったことでした。

 楽屋の玄関のおじさんが、ほうきを持って丁寧にお掃除されている姿には、日本の、思いもしない舞台裏を支える名スタッフの人達が揃っているのだなぁと感心させられました。

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